WORKS

風景に溶け込む 構造物のデザイン

水天宮横の樋門と石積み堤防

久留米にある水天宮の総本社は、文字どおり筑後川のすぐ脇にあります。これは偶然ではなく、かつて蛇行していた筑後川のこの部分の流れを17世紀初頭に久留米藩が真っ直ぐに改修した際、その脇に水天宮を遷宮したのです。以来筑後川が氾濫するたびに水天宮は何度も嵩上げされており、水天宮川側にある何段もの石垣はそれ自体が筑後川の治水史でもあります。
 平成20年、水天宮参道入り口のすぐそばにある石造の陸閘を閉鎖し堤防を強化するとともにほぼ陸閘のあった位置に内水排水用の暗渠と樋門を設置する事業が国土交通省筑後川河川事務所の手で行われることになりました。
 僕が筑後川景観委員会の委員を務めていたことから、九大景観研がこの事業の景観デザインに参加させていただくことになりました。
 当初は一般的な土を締め固めた堤防が建設される予定でしたが、水天宮の歴史や観光資源としての価値を考えた上で、水天宮の石垣を参考にした石積み護岸とすることにしました。石材は昭和期に積まれた水天宮の石垣と同じ諫早の小長井石を使っています。
 樋門は通常ですと大きな操作室が上に乗る構造ですが、そうすると水天宮の風景が台無しになります。予算的には割高ですが、ゲートを石積み堤防の中に埋め込み遠隔操作で動かす方式を採用しました。
 一番苦労したのは歴史ある水天宮の佇まいと新しい石積みとのマッチングですが、比較的早期にエージングが進行する小長井石のおかげで、時間感のズレは数年でほぼなくなりました。石積みに隙間を設けて植物が繁茂できるようにしたことも効果が出てきています。
 時の流れの中で新設された石積みが水天宮の原風景の一部となってくれることを願っています。




九大案をもとに完成した石積み堤防と埋め込み式樋門。
樋門を堤防に埋め込むことで生じる川側への突出部に水天宮と川をつなぐ階段を配置しています。右奥の塔は存置した川の水位計測施設です。

当初提案されていた樋門とゲート操作室。陸閘を閉鎖した上でその川側に建設される予定でした。堤防本体は、筑後川で標準的に採用されている土羽を締め固めたタイプとすることが水天宮の歴史的石積みとは無関係に予定されていました。

代案として提案した九大案。堤防は水天宮と同じ石積みとし、その内部に樋門とゲートを埋め込む構造です。ゲート操作室は堤防の背後に配置し遠隔操作する仕組みです。

陸閘を構成していた石積みはそのまま残すし、往時の姿をできるだけ留めました。石積みの間の陸閘があった位置には川に向かって続く石積み階段を設けました。


陸閘周辺のデザイン検討模型。階段のデザインは、水天宮参道正面の階段と馴染むよう配慮しています。

埋め込み式の樋門を建設するために、陸閘周辺の石積みは一時的に分解する必要がありました。すべての石に番号をつけ慎重に分解し、樋門完成後に正確に積み戻しました。


事業完了後5年経過した状況。半練り積みの石積みの目地から想定通りに植生が回復してきており、石積みが目立たなくなりつつあります。
土木学会デザイン賞 講評
土木学会デザイン賞 2018 奨励賞 より引用 (http://design-prize.sakura.ne.jp/archives/result/1070
古くから日本三大暴れ川「筑紫次郎」の名で知られる「筑後川」沿いに鎮座する総本宮水天宮側の排水樋管整備事業。排水樋管は、平成16年市内の池町川放水路を抜く整備であったが、高水位には機能しないため堤防高を上げることと陸閘も閉鎖する新たな整備として平成24年に完成している。
 江戸、明治期などに石積護岸で形成された経緯など歴史が残る地域景観の改変を最小化することを目標に、歴史的な石積みと陸閘を可能な限り保全・復元している。竣工後6年が経過した石積護岸は、新たに復元・新設を施した箇所と歴史的な石積護岸と見分けがつかないほど、綿密な石積みによるエイジング効果をみせている。
 また、樋管は遠隔操作によるゲート開閉装置を堤体内に埋め込み、操作室を堤内地側に配置するなど、石積みによる歴史的な景観との馴染みを実現させる、河川インフラ機能と地域固有の歴史的景観との共存のあり方を示すモデルとなる事業として奨励に値すると評価された。
(九州大学大学院芸術工学研究院 教授 森田 昌嗣)