WORKS

暮らしと景観に馴染む 観光地のデザイン

厳原大町通り歩道部分のデザイン

長崎県からの依頼を受けて取り組んだ、対馬市厳原のメインストリート「大町通り」の歩道部分を中心とした街路デザインです。
 幅員6m程度であった道を3.5mの歩道を持つ高規格道路に拡幅する都市計画道路事業ですが、この種の事業ではともすると通過交通の利便性ばかりに目が行きがちとなり、それまでの大町通りが持っていた地域の拠り所としての役割が損なわれる恐れがありました。一方で、観光に力を入れている対馬にとって、この街路整備事業は、対馬の表玄関である厳原の「顔」を作る事業となり得る可能性も秘めてもいました。そこで、取り組みの最初から市民参加の手法を取り入れることにし、地域の皆さんと一緒にどのような設えにすべきかについて考えました。
 朝鮮通信使を受け入れてきた歴史、武家屋敷の見事な石垣などをデザインのモチーフとし、国内外からのお客様をもてなす厳原らしい表玄関でありながら、地域の人々がこれまで同様に自然に集い語らい合える空間作りを目指しました。
 約300mの最初の事業区間が完成したのは平成17年。以来少しずつ北に向けて延伸されています。 沿線には、石畳の歩道に触発され歴史的な石垣を取り入れた個人住宅や公共施設が建ちつつあります。先行した街路整備が町並み形成を促していると言えるでしょう。その後大町通りと城跡を繋ぐ横町線整備事業でも我々と市民の皆さんとで提案した石畳の街路が採用されました。
 地域の皆さんが主体的に将来のまちの姿を考えていく取り組みが今後もさらに発展し、厳原が益々元気になっていくことを願っています。
夜の大町通り。
石造りのフットライトから仄かな明かりが石畳を照らし出します。

拡幅事業前の大町通り。手前の空き地には拡幅のため撤去された既存建物が立っていました。

拡幅後の大町通り。石畳には厳原の石垣特有の錆色の石を混在させています。横断防止柵(手すり)、LEDフットライトを組み込んだ石柱、植栽枡の覆い等は全てオリジナルのデザイン。全ての金属部分には時間変化で表面に安定錆の皮膜が形成される特殊な鋳鉄を採用しており、長期に渡って劣化が少なく味わいのある質感を保つことができます。

九大で作成した模型を囲んで議論を進める市民の皆さん。


大町通りによく似合うデザインが採用された「観光情報館ふれあい処対馬」。

市民グループによる石畳舗装材の確認作業。歩きにくくないか、雨が降ったら滑らないかなど、利用者の視点から厳しく吟味しました。


夜の横町線。フットライトの効果で夜も歩きやすい歩道となっています。

横町線で製作したフットライトのデザインスケッチ。
住民主導のまちづくり・みちづくり
(九大景観研究室10周年記念誌誌から)
 平成13年11月に立ち上げられた「厳原町中心地区美しいまちづくり研究会」にアドバイザーとして樋口が参加したのが本プロジェクトの始まりである。研究会では、タウンサーベイや街路整備をきっかけにして地域振興に成功した先進地調査を行い、住民のまちづくりに対する意識を向上させて、「厳原中心地区の美しいまちづくりに関する提案書」を作成した。この提案書の内容は、後に長崎県が「長崎県美しいまちづくり推進条例」を策定するための参考にされた。
 平成14年7月、研究会を母体とした住民主体の「厳原町美しいまちづくり推進委員会」が立ち上げられ、その下部組織として「街路部会」が設置された。街路部会では、厳原町のメインストリートである大町通りとそれに直交する横町線の整備内容を検討した。本研究室の役割は、住民からのアイデアをもとに、図面や模型を使って専門的な視点で検討したものを部会に提案するというルーティンを整備内容が決まるまで繰り返し行った。約3年間、月に1回ペースの部会を継続的に開催し、平成19年3月に大町通りと横町線が竣工した。
 本プロジェクトのテーマは、住民をどこまで主体的に参加させることができるか。1つは、実寸大模型が功を奏した。舗装材や横断防止柵、フットライト、橋の高欄に至るまで、街路を構成するほぼ全てのエレメントを実寸大で住民に確認してもらった。自分たちが何ヶ月もかけて喧々諤々議論してきたものが実寸大で形になるという体験を繰り返すうちに、住民たちの議論の熱や質が上がっていった。また、粘り強く継続的に街路部会を開催したことも住民を主体的にさせる要因であった。発注者である長崎県も厳原町も住民参加の経験はほとんどない中で、始めのうちは手探りだったが、30回以上の部会を経て、参加者たちは互いを理解し率直な議論のできるパートナーヘと成長していった。その結果、多数の住民の協力を得ることができ、側道から電線を引くなどの工夫をして、電柱の数を激減させることができた。
 専門家が構造物をデザインするだけでは、まちはそうそう元気にならない。デザインという作業を通して住民たちをいかに「その気」にさせるかが、こういった取り組みでは重要である。街路と人材という種が蒔かれた厳原の今後が楽しみである。(伊東和彦 H18年修士課程修了)
厳原町(当時) 永留 正喜
九大樋口研との関わりについて
 私が厳原町美しいまちづくり推進委員会街路部会の事務局に携さわったのが、平成14年9月の第1回街路部会から平成17年3月の第27回街路部会の約2年7ヶ月間係わってきました。
 この部会は、平成10年度より始まった都市計画道路厳原・豆酘・美津島線の大町通り区間整備に伴い、住民・長崎県・厳原町が協力しながら、「厳原の原風景となり、市民に愛され、そして利用しやすい、すばらしい大町通りを描き出す」ことを目的に、山本博己部長外10名と樋口先生をはじめとした建設設計工学研究室と連携をとりながら街路の景観形成を取り組んで参りました。
 街路部会の節目、節目では研究グループの吉原真理子さん、石橋知也さん、伊東和彦さん達大学院生が街路部会の意見を集約した事項を持ち帰り、模型を作成していただきました。街路部会員及び地区住民も、模型ができる度に工事完成の風景とダブらせて今まで苦労して議論してきたことが報われ、次の部会の活力となりました。大学院生達の並々ならぬ努力に対して厚くお礼を申し上げます。
 現在、通勤でこの通りを利用していますが、今の時期はハナミズキがあでやかに咲き心を和ましてくれます。また、完成後、韓国のウォン高により韓国からの観光客が急速に増加し、良い時期に町並み整備ができ、観光客に好印象が与えられたと自慢しています。
対馬市 堀 義喜
市民協働による景観形成事業の取り組み
 樋口先生には、平成13年11月に設立された「美しいまちづくり研究会」からアドバイザーとして意欲的に参画をいただき、妥協を許さない姿勢で、地域住民の景観に対する意識の形成と「城下町厳原」に対し愛着をもって取り組んでいただきました。また、大学院生の皆さんには、協議研究においての地域住民の理解を容易にするために、根気のいる模型づくりや検討資料の作成など労苦を惜しまないご協力をいただきました。このような関係者のご協力を得て、美しいまちづくり検討委員会「街路部会」は、その活動実績が高く評価され、「平成17年度まちづくり月間国土交通省大臣表彰」を受けるに至っております。
 対馬市のまちづくりの進め方については、この時期を機会に従来の行政主導から、市民参画による市民協働の形へ変革して参ります。職員が地域マネージャーとなって地域住民と共に地域のあり方を考え、物事を実践していく「地域マネージャー制度」が平成21年5月から本格的に実施されます。地域住民が自らが道路景観について共に考え、実践していったこの「街路部会」の一定の成果が現在の「地域マネージャー制度」の実施であり、市民協働の魁であったと思っています。後世に城下町の趣や景観を継承し、この取り組みを一過性のものにしないために、景観に対する市民意識の醸成や環境整備を図っていかなければならないと考えています。
(株)オオバ 西口 徹
一番強く影響を受けた仕事
 私の「厳原プロジェクト」との係わりは、平成14年に県道厳原豆酘美津島線の道路景観設計業務を担当したことから始まりました。業務は当初、県道300mの景観設計でしたが、厳原町(現対馬市)の事業として行われた沿道の残地を利用したポケットパークや交差する市道横町線の整備を含め、事業が終了する平成19年まで続きました。
 プロジェクトでは、計画検討段階の検討用兼説明用の大規模な模型の制作や、韓国仏国寺石畳の視察、また工事発注後には施工業者の協力による舗装石貼パターンの確認や照明の光源選定のための現地試験施工、橋梁親柱のモックアップ作成など、普段は経験できない新鮮なことばかりでした。その中でも、電線類のソフト地中化に向け、部会メンバーの方々が沿道の一軒一軒の住民と受電位置の変更を交渉し、大きな景観阻害物となる地上施設の数を当初案よりも大幅に削減したことは、事業への地域住民の積極的な参加により実現したものであり、特に印象深いできことでした。樋口先生の「みんなが汗をかこう」との呼びかけに部会が応えた結果でした。
 このプロジェクトに係わり、固定概念を捨て、業務のあり方を再考する多くの機会を得ることができ、仕事に望む姿勢が大きく変わりました。当時の辛いことも今は良い思い出となり、またどこかで同様のプロジェクトに係われればと思っています。