風景と地域づくりの
出会いと発見DIARY
景観研究室は、プロジェクトや研究を通じて、九州各地の風景・地域づくりに取り組んでいます。地域の人達と未来を語り合う、デザインについて現場で喧々諤々議論する、素敵な風景や食文化を見つける、地域の人達との長いお付き合いが始まる…風景・地域づくりの中で、たくさんの出会いや発見、感動が生まれる毎日。そんな景観研究室の日常をお伝えしていきます。
March 31, 2013
救命浮環④止め具【唐津/平野】

【止め具の検討】
救命浮環の止め具として以下の機能を満たす必要があります。
①長期間の耐久性を持つ
ボラードが30年の耐久性があるため、止め具も同程度の耐久性を求めます。
②強度がある
イタズラされても壊れないような強度をもつ必要があります。
③救命浮環が常時はしっかり固定されているが、緊急時はすぐに使用できる
常時屋外に設置されているので風等で飛ばされないようにしっかり固定できる一方で、緊急時にはすぐに使用できるように取りやすくする必要があります。

流通している止め具では今回求めている機能を満たさないため、特注で製作することを検討しました。特注をするに当たり、次の点を採用しました。
■材質
長期間の耐久性を考えて材質は「ステンレス」にしました。佐賀県唐津土木事務所から、メンテナンスを考慮して耐久性の優れているステンレスを材料として使用するように要望があったため採用しました。
■救命浮環の受け止めフックの形状
受け止めフックはステンレス丸棒を曲げ加工することにしました。人が触れても怪我をしないように先端に角を作らないためです。また、救命浮環が風で簡単に飛ばされないように3本の浮環受けフックで固定します。
■基板の曲げ加工
ボラードの丸みに沿って取り付けるため、基板は両端を曲げ加工します。これは現在東港に設置されている「江藤造船所」が製作した「救命浮環アルミブラケット」の形状を参考にしました
■救命浮環の使い方の説明板の取り付け
止め具に浮環の使い方がわかるように使い方の説明板を取り付けることにしました。

以上の検討を元に図面を作成しました。初期はスタディ模型も作り、これを使いながら救命浮環の検討を行っていました。

そして、「江藤造船所」に相談したところ、ステンレスの加工を行う製作所として「(有)唐津ボーリング」を紹介され、試作品製作の依頼をすることになりました。
【止め具試作品製作】
基板の厚さ、棒の太さの検討は人が力を加えても板、棒が曲がらない寸法を(有)唐津ボーリングの園山さんと相談し、基板が曲がらないようにタップ溶接にする等、専門的なアドバイスを頂きながら検討していきました。


フックの幅の微調整はハンマーで叩いて行います。

溶接すると、表面が変色するため、酸洗いをして表面を磨きます。
今回の止め具で一つのポイントとなったのは滑り止めゴムの取り付けです。止め具は、救命浮環が常時はしっかり固定されているが、緊急時はすぐに使用できる機能が求められます。救命浮環がしっかり固定されるように止め具を図面通りに製作しても、救命浮環、止め具には製作誤差が生じます。その誤差を調整するために止め具にゴムを取り付けることにしました。救命浮環はゴムの弾力によって止め具にしっかり固定されます。
はじめは浮環受けフックの先端にゴムを取り付けることを検討したが、ゴムの収まりが良くありませんでした。
検討した結果、「D型ゴム(八幡ねじ製)」を止め具の基板に取り付けることにしました。こうすることで、浮環の裏からゴムの弾力で固定されます。浮環が設置されているときにはゴムは見えなくなります。ゴムの種類は一般的に流通するもので長期間の耐久性は期待できないが、簡単に手配が可能であるためゴムの付け替えを可能にして、ゴムが劣化したら付け替えるようにしました。

そして、試作品を試行錯誤して、検討した結果を基に最終的な製作要領を作成しました。

March 31, 2013
救命浮環⑤説明板【唐津/平野】

【説明板の検討】
説明板取り付けの目的は、救命浮環を使う時に使い方を理解してもらうためです。説明板の製作において次の点を決定しました。
■材質:琺瑯
ボラードがエコアコール処理という防腐処理により30年の耐久性をもつことを想定しているため、それと同程度の耐久性を持つ材質にしなければなりません。また、説明板が劣化して文字が判読できなくなってしまうと、救命浮環の使い方がわからなくなってしまうため、説明板は耐久性がある材質にしなければなりません。耐久性を考慮し、材質は琺瑯にすることにしました。
琺瑯とは金属の表面に無機ガラス質のうわぐすりを焼きつけたものです。琺瑯は中の金属が錆びない限り半永久的にもつ素材であり、また、経年変化で表面に味わいが出る材質です。琺瑯の試作品の製作は、唐津の案内サインの試作品を以前依頼した「(株)原田琺瑯製作所」に依頼しました。
■寸法
救命浮環を止め具に設置したときに、救命浮環の輪の中に説明板があるように取り付けることにしました。説明板の幅は止め具の幅に近い大きさとして「幅125mm」にし、説明板の全体が輪の中に収まるように「縦175mm」に決めました。また、幅は説明板が割れない耐久性を持つとして「厚さ2mm」にしました
■穴の位置
ねじが止め具の基板に収まること、板が割れないことを考慮して、穴の位置を4箇所決めました。
■取り付け
止め具への取り付けにはステンレスのなべ小ねじを使用しました。琺瑯の説明板を痛めないためにテフロンのワッシャーを用い、また、説明板は取り付ける4本のねじに支えられている形になるのでステンレススペーサーを使用して説明板を安定させました。穴に通したステンレスなべ小ねじには、止め具の基板の裏面からステンレスナット、ステンレスワッシャーでねじを取り付けて固定します。
■デザインの経緯
説明板は救命浮環の使い方を分かりやすくしなければなりません。
デザインは次のような検討で決まりました。

スタディ1のデザイン案は、救命浮環の外し方が一目で認識できるようにしています。
その後、ロープの束ね方、取り付け方が決まったときに、ロープの解き方も含めた浮環の使い方を示す必要があると考えました。ロープの解き方は、束になっているロープから1本引っ張るだけで簡単に解くことができます。すぐにロープを解くことができるように、説明板にロープの解き方も含め浮環の使い方を説明するようにしました。そこで考えたのがスタディ2のデザイン案です。そして、スタディ2の案で「(株)原田琺瑯製作所」に試作品の製作依頼をすることにした。
しかし、スタディ2のデザイン案で説明板を製作する場合、予算を超えてしまうことが判明しました。スタディ1のデザイン案の製作の見積もりでは「26,650円」だったのですが、スタディ2の製作には「60,000円」程度の費用がかかります。佐賀県唐津土木事務所には「26,650円」で説明板の予算として手配しているため変更はできません。予算内に収まるデザインに変更しなければならなくなりました。以下に示す点が費用が高くなった理由です。
①イラストが細かすぎて高性能の機材でないと製作に対応できない
描かれているイラストの線が細かいすぎるとのことでした。「(株)原田琺瑯製作所」の印刷機には線が細すぎてデザインの製作に対応できず、このデザインでは別の業者が所有する高性能の印刷機を使用する必要があります。
②使う色が4色である
琺瑯は色ごとに版を製作する。そして、色ごとに印刷、焼付けを行うため、使う色が増えるごとに作業工程が増えていくため作業時間が増えます。手間がかかる分、製作の費用も増します。
以上2つの問題点を解決するため、スタディ3のデザインを説明板に修正し採用することにしました。以下に費用を抑えるために変更した点です。
①線の太さを太くした
細い線では高性能の機材が対応できないため、可能な限り線を太くすることにしました。その結果、線の太さをスタディ2では「0.2mm」だったのを「0.3mm」に変更。
②使う色を2色にした
最低限必要な赤と黒の2色で説明板をデザインしました。
③救命浮環本体に描かれた「KARATSU」の文字をなくした
文字が小さすぎて印刷すると文字が潰れてしまうため、文字をなくした。
④ロープの横巻きの数を減らす
ロープを横に巻いているイラストは、線が細くて細かいため印刷したときに線がでないという問題があるため、ロープの巻く本数を減らして、白地の割合を大きくして印刷しやすくしました。
⑤フックの色の変更
スタディ2ではフックの色をグレーにしていたが、使う色の種類を黒と赤に減らしたため、フックは周りの黒線だけにして、中は説明板の下地の色である白にしました。
⑥サイズを大きくした
細かい部分は印刷したときに線が重なって潰れてしまいます。細かい部分をなくすためにイラストのサイズを全体的に大きくしました。
こうして、琺瑯の説明板の試作品の注文をかけ、完成しました。試作品の出来は思っている通りの仕上がりとなりました。

March 31, 2013
救命浮環⑥ロープ【唐津/平野】

【ロープ取り付けの背景】
救助者に救命浮環を投げて救助者が浮環を掴んだら、次は岸まで引っ張ってくる必要があります。そこで、救命浮環本体と止め具をロープで結んで、そのロープを引っ張ることで救助者を助けることを検討しました。
また、救命浮環と止め具をロープでしっかりつなぐことで、救命浮環の盗難防止になります。救命浮環が盗られてなくなっては意味がないため、ロープは取り外しができないように救命浮環としっかり結び付けます。
【救命浮環の配置】
救命浮環と止め具をロープで結んで固定したときに必要な救命浮環の設置数、ロープの長さを検討しました。救助者を助けるために必要な範囲をカバーするようロープの長さを決めなければなりません。
検討した結果、救命浮環はプロムナードのボーダーラインに合わせて設置することを基本として、設置間隔を約25mとして配置を行いました。そして、救命浮環は12基設置することに決定しました。
【ロープの長さの検討】
救命浮環の配置からロープの長さの検討をしました。岸辺を全てカバーできることを考慮すると、ロープを25mにすることにしました。そうすると、ロープの範囲が重なる部分では岸からの距離が約21mになります。転落した人は岸の近くに落ちると考えられ、岸から落ちた人に対して21mの距離があれば救助者に救命浮環が届くと考えられます。また投下実験から、大人の力で救命浮環を15m以上投げることは不可能であることがわかりました。

ロープの長さに関しては以下の3点を考慮して決定した。
①救命浮環を約25m間隔で設置してロープは25mの範囲をカバーできるようにする。
②ボラードは岸から1.5mの位置にセットバックして設置されているので、1.5m余分に確保する。
③ロープを救命浮環と止め具にアイスプライスという結び方で結ぶときに必要な長さとして0.5m余分に確保する。
以上の点から「①25m+②1.5m+③0.5m」でロープの長さを27mにすることにしました。
採用したロープの仕様に関して次に説明します。
■材質
ロープの素材は水に浮く「ポリエチレン」にすることにしました。救命浮環は海に投げて使用するものなので、ロープは水に浮く素材にしました。
■ロープのタイプ
ロープのタイプはロープを結ぶときにアイスプライスにするため「3つ打ちロープ」にしました。
■ロープの長さ 27m
上記の検討より決定しました。
■太さ
ロープの太さは「救助者をロープで岸まで引く時に引きやすくする」「ロープの強度を強くする」という2点から検討しました。
通常の救命浮環に使用されるロープは「φ4mm」であるが、それでは細いと考えました。まず、できるだけ太いロープを採用することを考え「φ9mm」のロープを検討しました。「φ9mm」のロープは太くて丈夫だが、重量は40g/mで27mになると1080gになる。重いため扱いづらいです。
次は「φ8mm」のロープを検討しました。「φ9mm」と比べるとロープの体積が減るが、重量は33g/mで27mになると891gとなり、まだロープが重く感じました。
次は「φ6mm」のロープを検討しました。「φ7mm」は「φ8mm」とあまり変化がないようにみえたため、「φ6mm」を検討しました。重量は17.5g/mで27mになると472.5gで、「φ9mm」「φ8mm」と比べて軽く、扱い使いやすくなります。ロープの太さは通常の救命浮環に使用される「φ4mm」よりも太いためロープの太さは「φ6mm」にしました。
■色
救助用のロープとしては目立たせるためにオレンジが採用されます。ロープの色をオレンジで検討してみたが、取り付けたときにオレンジが目立ちすぎました。救命浮環と一体感をもたせるためにロープは救命浮環色と合わせて「白」にすることにしました。
【ロープの取り付けの検討】
■救命浮環と止め具への結び方
救命浮環の盗難防止のため、救命浮環と止め具をロープで結んで設置することにしました。救命浮環を止め具から外して別の場所に持っていくことは想定していません。そのために救命浮環の配置、ロープの長さを検討して救助に必要な範囲をカバーしました。また、水難事故が発生した場合、落水者に救命浮環をまず掴ませることが重要で、浮環を掴んだ後の救助は岸まで引っ張ってからゆっくり行えば良いと考えられます。
そこで、結びが解けないようにするため「アイスプライス」で救命浮環のDリング、止め具のアイボルトにロープを結びつけます。
■ワイヤシンブルの取り付け
救命浮環のDリング及び止め具のアイボルトにロープを結ぶときはφ6mmのロープに対応するステンレスのワイヤシンブルを取り付けてからアイスプライスの加工を行います。これはDリング、アイボルト上でロープが移動できるようにするためです。取り付けは、ワイヤシンブルの空いている隙間からDリング、アイボルトに通します。何も使わず人の手だけワイヤシンブルを通すことは難しいため、木槌等を用いてワイヤシンブルを軽く叩きながら通します。
■ロープの設置方法
ロープの設置は「救助に使用するときはすぐにロープが解ける」「常時はロープが絡まらないように設置されている」という2点を考慮しました。
ロープの束ね方について海上保安部へ相談しに行きました。検討した結果、最もシンプルなロープの束ね方である「棒結び」を採用しました。ロープを棒状に巻くことで普段設置しているときは絡まらず、使用するときはロープを引っ張るだけでロープが簡単に解けるので一般の人にも解き方が一目で判断できて扱いやすいと考えました。

March 31, 2013
救命浮環⑦現場設置方法【唐津/平野】

【現場設置方法の検討】
救命浮環の止め具の設置方法の検討を次のように行いました。
■止め具をボラードに設置するときに開ける穴への雨水対策
ボラードに止め具を取り付けるときはコーチスクリューを使用します。このとき、ボラードに穴を開けることになります。ボラードはエコアコール処理を行っているが、新しく穴を開ける箇所にはエコアコール処理を行っていないため、穴に雨水が浸入するとそこからボラードが腐ってしまいます。この対応策として、ゴム環の取り付けをします。
穴をあけた個所に図のようにボラードと止め具の間にゴム環を取り付けます。ゴムの弾力で雨水が侵入する隙間をなくし、さらにゴム環の中にコーキング材を充填する。この方法ならば簡単に材料が手配でき、誰でも設置ができます。

【ゴム環の検討】
雨水対策のゴム環に関しての検討を次に示します。
■ゴム環の種類
屋外に設置することを考慮し、ゴム環は耐候性に優れた「園芸用ホース」にしました。これは屋外での使用が想定されており、耐候性に優れています。また、ゴム環を取り付けるときに必要な弾力をもっています。これはナフコで購入可能で、一般的に流通している製品です。内径は使用する六角フランジタッピンねじがM8なので、それよりも大きい内径15mmのものを採用しました。
■ゴム環の長さ
ゴム環を取り付けるときは、止め具基板とボラードの間にある隙間をなくすため、ゴムの弾力を利用します。ボラードと止め具の間の距離は12mmなので、ゴム環の弾力が働くように13mmに切り出して使用します。
■コーキング材の充填
ゴム環の中に空間があると結露により穴の中に水が浸入します。対策としてコーキング材を充填することを採用しました。コーキング材の種類は屋外で使用可能な「変成シリコーンシーラント(信越ポリマー製)」を採用しました。これはナフコで購入可能で、一般的に流通している製品です。

March 31, 2013
救命浮環⑧救命浮環検討完了【唐津/平野】

【救命浮環検討完了】
これで救命浮環に関する検討は完了しました。出来上がった救命浮環の試作品は研究室のボラードに取り付けられ、研究室の入り口に飾られています。
救命浮環製作に関する一連の流れは「唐津東港救命浮環製作・施工要領」「唐津東港救命浮検討経緯資料」としてまとめ、平成24年11月29日に佐賀県唐津土木事務所に提出しました。「唐津東港救命浮環製作・施工要領」とは、製作、施工に関するポイントをまとめた指示書で、この資料を製作所に渡して製作、施工を行ってもらいます。「唐津東港救命浮検討経緯資料」とは検討経緯をまとめた資料となっています。
救命浮環の設置は平成25年度分の転落防止柵設置の整備と一緒に行われる予定です。しかし、まだ安心はできません。本当に設置されるものが製作、設置される際には、作成した「唐津東港救命浮環製作・施工要領」を基にクオリティが高いものが完成するよう進捗状況を頻繁に確認していきたいと思います。
【最後に】
この取り組みでは多くの方々にお世話になったと感じております。
救命浮環の試作品製作では、経験が未熟な私に対しても、皆様から専門的な知識でアドバイスを頂き、試作品の試行錯誤をしていきました。お忙しいにも関わらず、何度もご相談に乗っていただき大変感謝しております。
日本救命器具株式会社の小嶋様、クロカミスクリーン株式会社の黒髪様、(有)唐津ボーリングの園山様、(株)原田琺瑯製作所の原田様、ありがとうございました。
そして、唐津土木事務所の井上様、百武様には大変感謝しております。救命浮環の件ではこちらの検討が遅くなり、H24年度では間に合わなくなってしまったときには大変申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら帰りの樋口先生の車で学校に帰ったのを覚えています。しかし、井上さんの口からH25年度の取り付けを提案して頂いたことについては誠にありがとうございました。「唐津東港救命浮環製作・施工要領」「唐津東港救命浮検討経緯資料」をお渡しに伺ったときには皆様にも喜んで頂け、資料を作った甲斐があったと実感しました。
今回の記事はこの取り組みに携わって頂いた多くの方々に対する感謝の気持ちを込めて執筆させて頂きました。
皆様、本当にありがとうございました。そして、今後ともよろしくお願いします。

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