風景と地域づくりの
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景観研究室は、プロジェクトや研究を通じて、九州各地の風景・地域づくりに取り組んでいます。地域の人達と未来を語り合う、デザインについて現場で喧々諤々議論する、素敵な風景や食文化を見つける、地域の人達との長いお付き合いが始まる…風景・地域づくりの中で、たくさんの出会いや発見、感動が生まれる毎日。そんな景観研究室の日常をお伝えしていきます。
March 31, 2013

救命浮環①救命浮環本体【唐津/平野】

【救命浮環設置の背景】
平成22年に唐津東港では悲しい水難事故が起きました。それを受け、転落防止柵を設置することが決まりました。
どのような転落防止柵を設置するかについては、事故現場を含む東港一帯が港湾エリアの賑わい・交流拠点となるように、今もなお整備が続けられている場所であるため、これまでの唐津のみなとまちづくりの経緯を踏まえ、懇話会、デザイン専門家会議の場で慎重に議論が進められてきました。
議論の末に設置された転落防止柵は、物理的に人が岸壁から海に転落することを防ぐのではなく、注意喚起を促す転落防止柵がこの場所に適切として採用されました。このときに、注意喚起を促す転落防止柵だけではなく、万が一転落者が出た際に他の利用者が瞬時に救助できる救命浮環の設置や、岸壁側の利用者に視線を向けられるベンチを配置するなど、港の空間全体で事故に向けた備えを設けておくことが重要だと考えられました。
このような経緯から、転落防止柵を設置するにあたり、救命浮環の設置も検討する必要がありました。
救命浮環設置にあたり次の3点について考えました。
①「安全性」:万が一転落者が出た場合に、早急に対応ができるようにすること
②「コスト」:救命浮環の設置機能、耐久性、デザイン等の用件を満たしつつコストをできるだけ安くする
③「デザイン」:これまで行われてきた東港一帯のみなとまちづくりの整備の経緯を踏まえ、たくさんの人が集まり、親しみをもってもらえるような空間づくりに寄与するデザインとする
【救命浮環本体の検討】
救命浮環は2009年11月に九大で検討していました。これを参考に検討を始めました。
救命浮環の本体は既製品をベースとしました。2009年11月時点で検討していたのは高階救命器具株式会社製の「P-1型(外径:560mm、内径290mm)」というタイプです。しかし、検討を始めた2012年の時点で、この型の浮環は廃版となり入手不可となっていました。
そこで、浮環の型から検討しました。
調査した結果、日本国内で救命浮環の製作を扱っているのは高階救命器具株式会社、日本救命器具株式会社の2社でした。その2社で取り扱う浮環の中から、日本救命器具株式会社製の「P-230型(外径:500mm、内径230mm)」を採用しました。これは子供、お年寄りでも扱えるサイズ、重量だったためです。現在、東港に設置されている「青い羽根」の救命浮環と同じタイプのものです。
救命浮環の型が決まったので、救命浮環の検討を行うため早速九大で「P-230」を注文しました。実物の「P-230」を見ながら救命浮環本体の検討をしました。
その結果、救命浮環は「P-230」をベースとして特注で救命浮環本体を製作することにしました。
【塗料の検討】
救命浮環は常時屋外に設置されます。そのため使用する塗料も耐久性が高いものを使用する必要があります。
市販品「P-230」の塗料は次のものを使用していることを確認しました。
■市販品「P-230」の塗料
「ビニデラックス300白(関西ペイント製)」 1回塗り
「ファインウレタンU100 白(日本ペイント株式会社製)」 2回塗り
塗料については、「関西ペイント」、「日本ペイント株式会社」、「イサム塗料」、「ターナー」、「SK化研」、「大同塗料」等の塗料会社に連絡して検討しました。そして、特注品で使用する塗料は次のように決定しました。
①ウレタン系の塗料を使用する
塗料の種類は基本的に「アクリル、ウレタン、シリコン、フッ素」の順に耐久性が高くなります。アクリル塗料は耐候性が弱いため劣化が著しく早いです。フッ素が最も耐久性に優れているが、その分価格も高いです。しかし、特注品の救命浮環に使用するテトロン布に塗装した場合ではウレタン、シリコン、フッ素に耐久年数に差がでないことがわかった。また、テトロン布への付着はシリコン、フッ素に比べてウレタンが最も良いです。よってウレタンを採用しました。
②「ビニデラックス300白(関西ペイント製)」「セラMレタン(関西ペイント製)」を使用する
塗料は「関西ペイント」と「日本ペイント株式会社」の大手2大メーカーが存在します。この2大メーカーの塗料の性能が塗料メーカーの中でも優れていることがわかりました。よって、塗料はこの2つのメーカーの塗料から検討しました。その結果、「ビニデラックス300白(関西ペイント製)」、「セラMレタン(関西ペイント製)」に決定しました。下地に「ビニデラックス300白(関西ペイント製)」を塗るのは、今回使用するような油性の塗料を浮環に直接塗ると、布を浸透して浮環の発泡体に染み込んだときに、発泡体が溶けてしまうことを防ぐためです。
また、今回の種類の塗料を選んだ理由は次のためです。
・「セラM レタン」はウレタン系の塗料の中で耐候性に最も優れている。
・「セラM レタン」は塗装した表面にツヤが出る。
・同一の会社の塗料を使用した方が塗料の付着が良いので、下地にする塗料は「ビニデラックス300白(関西ペイント製)」にした。
【救命浮環特注品の仕様】
特注を製作するにあたっての「P-230」からの変更点は次のようになりました。
①帯の数を3本にする
救命浮環の止め具のデザインに合わせて帯を3本にします。そのため発泡体に巻きつける布は4枚継ぎではなく3枚継ぎとなります。継ぎ目の上から帯を巻きます。
②救命浮環の周りに巻いているロープは取り付けない
救命浮環の周りにロープが取り付けられているのは、船舶に乗せることを想定しており、一つの救命浮環に複数人が掴めるようにするためです。今回検討する救命浮環は陸に設置し、落水者を助けることを想定しており、救命浮環の周りのロープは不要なため取り付けません。
③Dリングを取り付ける
救命浮環に25mのロープを結びつけるためにDリングを取り付けます。P-230の周りに取り付けられているロープの取り付け方でDリングを縫い付けます。Dリングを取り付ける縫い目は、人が一人ぶら下がって力が加わっても縫い目は破れない強度をもっています。海面に浮かんでいる救助者を助けるとき、ロープを引いて岸までたぐり寄せます。そこから救命浮環を使って引き上げることは市販品でも期待していません。引き上げようとすると布が破れるよりも発泡体が破損すると考えられます。よって、海面に浮かんでいる救助者を助けるのには十分な強度を持っています。
④布はテトロンを使用する
P-230では発泡体を巻くのに帆布を使用しています。しかし、帆布は表面がざらついているので安っぽく見えてしまいます。今回は表面にざらつきのないテトロン生地を使用します。これは大型船舶用の救命浮環であるPC-25型に使用されている布であり、救命浮環に使用するために必要な機能は満たしています。
⑤塗料を変更する
屋外に設置することを想定して、紫外線、潮風に対する耐久性のある塗料を指定します。塗料は「ビニデラックス300(関西ペイント製)」を1回塗りするのはP-230 と同じです。その後に耐久性のある塗料として「セラM レタン(関西ペイント製)」を指定して2回塗りします。
【試作品製作】
救命浮環の特注の仕様が決まったことで、救命浮環の製作を行っている山梨県にある谷村工場の小嶋さんと頻繁に連絡を取り合うことになりました。私は福岡にいるため工場に通うことを考えませんでした。電話とFaxでのやり取りで特注の検討をしていきました。そして、九大で救命浮環の試作品を注文することにしました。
しばらくして注文した試作品が届きました。しかし、実物をみたところ、その試作品は期待した救命浮環のクオリティを満たしていませんでした。生地の素材は思ったよりもザラツキがあり、縫い目の精度は塗料の塗り具合は良くなく、再度検討が必要な点が出てきました。再度、製作要領を漏れがないように修正を加え、もう一度試作品の製作を依頼しました。今回は、製作するにあたって山梨の工場まで足を運ぶことにしました。
2012年8月20日、山梨県にある谷口工場へ行きました。小嶋さんに救命浮環の概要に関して直接顔を合わせて説明し、浮環製作の工程を確認しながら縫い付けの方法を相談しました。浮環の布地、塗料も製作前に確認できました。


救命浮環を包む布は3枚継ぎで作られます。


救命浮環の生地の縫い付けは全て手縫いで行っています。人の手作業であり、また浮環は通常と異なり特注で帯を3本にしているため、縫い目の精度にバラつきが生じてしまうという不安があります。精度良く完成させるためには一つ一つを丁寧に縫うことが重要となります。救命浮環は完成の質を高くするためには、ポイントポイントの指示を漏らさないこと、そして作業する方々に救命浮環製作に関する思いをしっかり伝えないといけないことを実感しました。
そして、救命浮環本体の試作品が完成しました。

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